展示内容

Exhibition
2022.3.1~4.27

春へのいざない

雪が解け水ぬるむようになると、野山は次々と咲く花に彩られます。それらは、なんと心を明るくしてくれることでしょう。民俗学者折口信夫は「花」という言(ことば)には「祝福」という意味が含まれるといいます。ことに「桜・サクラ」は「田の神・サ」の宿る木とされ、人々は花の咲き具合でその年の稲の実りを占いました。かつて、各地に春の一日を野山に出かけて遊び飲食を楽しむ「山遊び」「野遊び」という習わしがありました。これは、「田の神・サ」を迎えに行き料理と酒でもてなして豊作を祈願する農耕信仰の意味がありました。今も続く「お花見」と花の下の宴は、こうした伝統を受け継ぐものです。

春は花とともに訪れ、野山へと心を誘う行楽の季節でもあります。自然の中で家族や仲間たち、そして神様とも一緒に広げるお弁当は、心を浮き立たせ新たな元気をもたらしてくれます。

                                    監修・解説:権代美重子(食文化研究家)

農耕信仰から始まった花見ですが、江戸時代中期八代将軍吉宗が飛鳥山・他に大量の桜の植樹をし花見を奨励したことから、花見は江戸の人々にとって年中行事とも呼べる楽しみな行楽となっていきます。花見が盛んになるにつれ、携帯に便利な提げ手のついた提重が工夫され、料理本には花見弁当の献立が掲載されるようになります。お弁当箱もお弁当の献立も豪華になっていきました。

大勢の人でにぎわう花見は、人々にとってお正月よりももっとハレやかな日でした。花見の宴をさらに華やがせる美しい提重が作られました。瓢酒器付や小ぶりの酒肴入れ、取り皿入れなど、これらは趣味性が高く、富裕な町人のものと思われます。

行楽にはお酒がつきもの。お酒好きは美味しく飲むための工夫を怠りません。 「燗銅壺」とは、炭火を入れて湯を沸かし酒を燗する小さな携帯用の焜炉です。燗銅壺を組み入れた提重も作られました。

遊山箱

四国の徳島に、旧暦のお雛祭りの日に子供たちが小さな手提げの重箱に御馳走を詰めて自分たちだけで野山や海に遊びに行くという風習がありました。春の節句は、農業が始まる時期をひかえ、田の神を迎える祭りであり、子供たちが山と里を行ったり来たりすることで、神さまが一緒に里に降りて来ると考えられていたのです。この箱を「遊山箱」と言い、男の子も女の子も自分専用の遊山箱を持っていました。春の一日、子供たちは遊山箱をもって野山を存分に駆け回って遊びました。

「遊山箱」のルーツは、江戸時代に使われていた大人数で使う大きな手提げ重箱。徐々にサイズが小さくなり、子供用のものとして定着したのは大正期と考えられている。大工が端材を使って手頃な価格で販売したことから、広く浸透した。

「上巳の節句」

「上巳の節句」とは、1年の5回ある節句の一つで3月3日の雛祭りのことです。「桃の節句」とも言い、女の子の健やかな成長と幸せを祈る節句です。起源は平安時代の前までさかのぼり、元々は無病息災を願う厄祓いの行事でした。

平安時代、上巳の祓いとは別に宮中では紙で作った人形で遊ぶ女の子の「ひいなあそび」がありました。やがて貴族や武家の子女の遊びから、江戸時代には町民や地方にも広がっていきました。江戸中期には、雛人形を女子誕生の初節句の祝いや婚礼時の持参調度とする風習などが生まれて、雛祭りはますます盛んとなっていきます。そして雛飾りも次第に豪華なものになっていきました。

 

人形流しと流し雛

形代は、無病息災を願って川や海に流し「お祓い」とした。川から海に至り水に洗われて厄が落ち無病息災がかなう、とされる。この風習は、今も鳥取その他の地域に「流し雛」として残っている。流し雛は「桟俵(さんだわら:米俵の丸い蓋)」に載せた男女の雛を流す。桟俵を用いるのには、農耕作に害となるものを払い流し浄めるという意味が込められている。

雛人形

宮中や公家の間では、雛人形は男女一対の立雛だったが、江戸時代になって庶民の間でも飾るようになって座雛が生まれた。段飾りのお雛様を飾るようになったのは江戸時代中頃から。段飾りに調度品や道具が飾られ、五人囃子が加わるようになったのは江戸時代後期からである。段飾りは宮中の婚礼の様子を模しており、幸せな結婚を祈る思いが込められている。

菱餅と雛あられ

菱餅の形は、心臓を表すとも、桃の葉を表すともいわれている。菱餅は一般に三色で緑は若草、白は雪、赤は花を表し、雪の下から若草が萌え花が咲く春の到来を表現している。また、緑は「健康・長寿」、白は「清浄」、ピンクは「魔除け」の意味を表すともいう。

「雛あられ」は元々「雛の国見せ」という貴族の娘達が雛人形を川辺や野原に持ち出し春の景色を見せるという風習の際に食べるものであった。雛あられは四季を意味する「桃・緑・黄・白」の4色で構成されていて、雛祭りに雛あられを食べるのには「一年を通して娘の健康と幸せを祈る」という意味が込められている。