展示内容

Exhibition

「新しい年への思いを込めて」 2024.12.27まで

知らず来て四方の宮居の神楽月 立つ榊葉の音のさやけき  定家
(知らずに来たのだけれど、ときは神楽月、あちこちの神社に立てられた榊の葉が風に揺れてさやさやと音を立てていることよ) 

これは、室町時代の歌学書『蔵玉和歌集(ぞうぎょくわかしゅう)』に収録されている藤原定家作とされる和歌です。
日本では旧暦11月を「霜月(しもつき)」と呼びますが、「神楽月(かぐらつき)」という呼び名もあります。
「神楽月」は、この月には稲の収穫を祝って神に歌舞を奉納する「神楽」が盛んに行われる月だからと言われます。旧暦の11月は神や自然が衰弱する時期であり、魂の再生・更新を祈って新年に備えるために神楽が行われました。  

神への感謝や祈りだけでなく、田では新しい年の収穫のための準備も始められています。脱穀後に残る稲藁は、コンバインで細かく切り刻み田にすき込みます。藁や籾殻などの有機物を秋の内にすき込むことで、地力を回復させ、雑草・害虫を防除することもできるのです。こうした来年の稲作に備える作業を「秋耕」と言います。新しい年の収穫に供えての作業は稲刈り後も続いています。今回は、そうした農家の方々の新しい年への思いと収穫への準備について紹介します。

二十四節気では、立冬から大雪の前日までを初冬と言います。2024年の立冬は11月17日、大雪は12月7日です。暑かった夏も終わり、11月12月になると冬の足音も聞こえてきます。私たちも新しい年に向けてよい年になるよう準備を始めたいものです。

解説・監修 食文化研究家 権代美重子

初冬の田んぼの風景

「秋耕」 

稲作は刈り入れや脱穀をして終わりではありません。来年の豊かな収穫を目指して農家の方々は刈り入れ後の秋や冬にも、さまざまな作業をしています。お米の一粒一粒の背景には、こうしたたゆまない作業があります。あまり紹介されることのない秋冬の農作業ですが、おいしいご飯をいただけることへの感謝を込めて、紹介したいと思います。

「秋耕」とは、稲刈りの後に水田の耕運を行うことをいいます。有機物を分解し、土へ変えていくことで、堆肥の施用と同様の効果を生み、水田の地力を回復します。また、翌年の代かきの際、ワラが浮くことを防止することができます。
地中にすき込まれた有機物が腐熟すると、二酸化炭素の約25倍の温室効果を持つ「メタンガス」が発生します。「秋耕」を行うことで、春まで耕運を行わない場合と比較して、メタンガスを約1割削減する事ができ、環境負荷の低減に寄与することができます。

「防虫防除や除草効果」

ジャンボタニシは、和名をスクミリンゴガイと言い、南米原産の淡水性の巻貝です。1980年代に食用目的で日本に輸入されましたが、その後放棄され野生化しました。柔らかい葉を好んで食べるため、移植後の苗に大きな被害をもたらします。秋から冬にかけて、水田の土壌中で休眠して越冬します。最も土壌が締まり土壌内で身動きがとりづらい稲刈り後に耕運することで貝が破砕され殺貝効果が高まります。

多年生雑草の中でも特に防除が難しい「クログワイ」や「オモダカ」の主な繁殖器官は、地下にある茎の一部が養分を蓄え肥大した「塊茎」です。秋耕により、地中の塊茎を土壌表面に露出し、冬の低温や乾燥にあてることで、防除を行うことができます。

「燻炭(くんたん)による土壌改良」

「燻炭」とは、籾殻を出来るだけ無酸素の状態で炭化(蒸し焼き)させたものです。籾殻は、炭化させると目に見えないほどの小さな穴がたくさん開くため、土に混ぜ込むとその穴を空気や水が通り、通気性や排水性が改善されます。また、自重の680%もの水分を蓄えることができる優れた保水性があります。通気性や排水性が改善されると植物の根腐れを防ぐことができ、保水性が改善されると夏場の水切れを防ぐことができます。「燻炭」はアルカリ性で酸性の土を中和させることができます。白い灰にならないように「燻炭」をつくるには農家さんのコツがあるようです。

冬期湛水と冬の農仕事

「冬期湛水」(とうきたんすい)

「冬期湛水」とは、冬場も水田に水を貯めておく農法のことで、「冬水田んぼ」ともいわれ、古くは江戸時代から行われていたという記録があります。稲刈りが終わり稲藁が散らばっている田に、米糠など微生物の餌になるものを撒いた状態で水を張ることにより、土ごと発酵が起こります。その結果、微生物やイトミミズが増え、やわらかい「トロトロ層」と呼ばれる泥の層が形成されます。冬期湛水田では窒素無機化量が増加するため、地力が高まります。

微生物やイトミミズが増えると、それを餌とする水生昆虫やドジョウなども増加し、冬の間、鳥類にとって貴重な餌の供給源となります。水田に訪れる鳥類のフンにも、窒素やリン酸などの肥料分が含まれています。また、冬期湛水の水田では、雑草の種子がやわらかいトロトロ層の下に沈むため、発芽が抑制されます。雑草の種類によりますが、一定の雑草防除効果があることもわかっています。多様な生物が水田に生息するようになるため、害虫の天敵も増え、害虫の発生を抑制する効果も期待できます。

「宮城県蕪栗沼の ” ふゆみずたんぼ ”」                                  

宮城県の蕪栗沼は、冬期になるとマガン(真雁)をはじめ最大10万羽以上もの渡り鳥が飛来します。平成17年(2005)、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関するラムサール条約に登録されました。周辺の水田では、冬の間に田畑に水を張る「ふゆみずたんぼ」(冬期湛水)を実施し、渡り鳥による集中越冬を防ぐ取り組みを行っています。水鳥類の糞は良質な肥料となり、雑草を食べてくれるので、除草剤を使用しなくても良いという効果もあります。「ふゆみずたんぼ」を行うことによって、水鳥と人間と共生できるようになりました。今では、農民の合意のもとに渡り鳥がねぐらを取りやすいように畦畔の除去や、湛水を容易にするために用排水路とは別の専用水路の設置、視察者・観察者に配慮するための農道の拡幅などが行われています。

写真提供:大崎市

「冬の田の活用」

冬の田んぼを活用する例もあります。お米の栽培以外に、畑としても使う「田畑輪換」は、野菜や麦などの何種類かの畑作物を、お米と交互に栽培する農業方式のことです。同じ田畑に、異なった作物を年2回栽培することを「二毛作」、3回以上栽培することを「多毛作」と言います。夏(6月~ 10 月)には米、冬(10月~6月)に麦を作る「二毛作」。夏を中心とした主要な作物の栽培期間を「表作」、その後の栽培は「裏作」と呼ばれます。

「麦作」

二毛作や輪作として多く栽培されているのが麦です。一般的な暖地での栽培暦では、麦は11に播種、1~2月の冬期に麦踏みをし、4~5月に出穂期、登熟期を迎え、6月に収穫をします。播種が早すぎると幼穂分化したり、冬までに節間が伸長しすぎたりして凍霜害を受けやすくなります。逆に遅すぎると生育や成熟が遅れ、いずれも収量や品質低下の原因となります。気温の低い地域では水稲の収穫後直ちに排水し、土壌が乾いた田から順次播種していきます。

昭和20年代からの暗渠排水工事の推進で田んぼの乾田化が進み、湿田地域でも裏作の麦作が進みます。湿害に弱い麦の発芽には、うねを立てて圃場の排水をスムーズに行うことが重要です。

冬の農作業「藁細工」

東北では積雪期の冬の仕事として行われていたのが、収穫の際に出る「稲藁」を使用した藁細工です。雪の積もった道を歩くのに欠かせないミノやかんじき、次の農業シーズンに必要な縄、その他日常の生活で必要になるワラジや箒など、藁で作られるものはたくさんありました。藁は当時の生活に欠かせない大切な「暮らしの道具の原料」でした。

新しい年を迎えるための信仰や習俗

「霜月神楽」

秋田県横手市の「保呂羽山の霜月神楽」は、神にその年の収穫を感謝し来る年の五穀豊穣を祈る神事で、1200年以上の歴史があります。近郊6か所の神社の神官と神子(みこ)が祭主の神殿に集まり、毎年11月7日の午後7時から翌朝6時にかけて夜を徹して神楽を行います。神楽は三十三番の神事で構成され、神子舞いでは、神子が舞の途中で託宣(神の言葉)を告げる場面があります。神事と芸能が合体した日本を代表する霜月神楽で、国指定の重要無形民俗文化財となっています。

写真提供:横手市

「遠山の霜月まつり」

長野県飯田市の遠山郷で12月の前半に営まれる「遠山郷の霜月祭り」は、国重要無形民俗文化財です。8つの神社で開かれ、社殿の中央に設えた釜の上には神座が飾られ、一昼夜にわたりその周囲で神事や舞いを行います。全国の神々を招きお湯でもてなし、太陽と生命の復活を祈る儀式と考えられており、湯を煮えたぎらせて神々に捧げます。祭りのクライマックスを迎えると天狗などの面が登場し、煮えたぎる湯を素手ではねかけます。ふりかけられた禊ぎの湯によって、一年の邪悪を払い新しい魂をもらい新たな年を迎えます。神事でありながら般若心経を唱えたり、数珠を持ち印を結ぶなど、神仏習合の祭の古い姿をよく残しています。遠山谷が鎌倉時代に鶴岡八幡宮の社領であった頃に導入された荘園儀礼が起源と考えられています。

写真提供:遠山郷観光協会

「あえのこと」

 「あえのこと」は、奥能登の各家ごとに伝承されてきた田の神に収穫を感謝し来年の豊作を祈る行事です。「あえ」はもてなし、「こと」は儀礼を意味します。収穫後の12月5日頃、主人が田まで田の神を迎えに行き、家に案内します。労をねぎらい、風呂に入ってもらい、その後籾俵に座っていただきご馳走の御膳を出します。主人は品目を一つ一つ説明しながら田の神に供し、おさがりは家族でいただきます。田の神は夫婦神とされ、お膳も籾俵も二つ用意します。田の神はこの籾俵の上で年を越します。耕作前の2月9日頃、再び風呂に入っていただき御膳を供したのち、田の神を田まで送っていきます。

田の神をあたかも実在する人のようにもてなします。所作毎に言葉掛けを行うのは、田の神は長い間暗い土の中で働いていたために目が不自由であるとされるためです。国の重要無形文化財であるとともに2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
 

写真提供:能登町

冬至(とうじ)

「冬至」

2024年の12月17日は二十四節気の1つ『冬至(とうじ)』です。「冬至」は、1年でもっとも日照時間の短い日です。
また「冬に至る」という言葉の通り、本格的に寒くなってくる時期になります。「冬至」は太陽の生まれ変わりや
無病息災を祈る日とされ、古くからさまざまな風習があります。

「ゆず湯」

「冬至」には「ゆず湯」に入る習慣があります。お風呂にゆずを入れてその香りを楽しみながら温まります。江戸時代に銭湯が客寄せのために始めたといわれ、冬至を「湯治」、ゆずを「融通が利く(体が丈夫になる)」という語呂合わせが由来とされます。香りの高いゆずには邪気払いの意味があり、「ゆず湯」にはリラックス効果もあります。

「小豆粥」

「冬至」の日の朝には「小豆粥」を食べる風習があります。冬至は太陽の光を浴びる時間が少ないことから、太陽は冬至の日を境に生まれ変わると考えられていました。小豆の赤は、邪気を祓うと考えられ、人々は太陽が力尽きる冬至の日に、小豆粥を食べて邪気を払い翌日からの運気を呼び込もうとしました。

「こんにゃく」

「こんにゃく」の生産が盛んな群馬県など北関東の地域では「冬至」に「こんにゃく」を食べる風習があります。「こんにゃく」が体内の老廃物を出して体の調子を整えてくれると考えられていました。冬至に「こんにゃく」を食べることで消化器官をすっきりとさせ、きれいな身体で新年を迎えるという意味もあります。

「冬至の七種(ななくさ)」

日本では古くから「冬至」の日に無病息災を願って「七種」の野菜が食べられてきました。

「南京 なんきん(かぼちゃ)」「蓮根 れんこん」「人参 にんじん」「銀杏 ぎんなん」「金柑 きんかん」「寒天 かんてん」「饂飩 うんどん(うどん)」の七種で、どれも「ん」が二つ付いています。これは、たくさんの「ん=運」を呼び込もうという言葉の響きを尊重してのものです。食材名や料理名の響きから縁起を担ぐ風習は、日本らしいですね。